アニメ「化物語」の各シーンが原作(小説)ではどう書かれているかを紹介しています。
アニメ 化物語 15話
小説 化物語(下) 369ページ
「羽川は……」
誰にでも見境なく優しい。相手が駄目な人間であるほど、同情する。
だから――僕なんかに。それに――春休みも。
「お前にわかるのは、ストレスに関することだけのはずだろう?
いや、知識は共有しているんだろうけれど、引き出せる知識と引き出せない知識か、
そこにもあるはずだ。ありえないよ、羽川が。なんて――」
いや。でも、いつか、戦場ヶ原に、鎌を掛けられたことがあったか――
あの当時の、自己防衛意識と危機意識の集合体のようだった戦場ヶ原がああいう風に
鎌を掛ける以上、そこには何らかの根拠があったのではないか?
「だからよお」
と、出来の悪い子供に計算機の使い方を教えるような口調で、ブラック羽川は言う。
「それこそがストレスだって言ってんだよ――
ご主人はお前のことが好きにゃのに、お前は別の相手と付き合ってんだろ?
そして、それをまざまざと――見せ付けている」
「………………」
一ヵ月前くらいから――頭痛。
そう言っていた。
今から一ヵ月前といえば――そうだ、母の日だ。
僕と戦場ヶ原が、付き合うことになった日――
そして、羽川は、その当日に、その事実を、知っていた――
知らないことはない――委貝長。何でも知っている。
「しかし、羽川はそんな素振り――むしろ、僕と戦場ヶ原のことを、
応援してくれてる感じっつーか、相談に乗ってくれたり――」
小説 化物語(下) 387ページ
自分一人では――どうにもならない。
笑ってしまいそうになるが、その力もない。その力もないが――
やっぱり、それでも笑ってしまいそうになる。
そうだよなあ。
やっぱり……悲しむだろうな。羽川も……戦場ヶ原も。
神原も、千石も。八九寺だって、ひょっとしたら。僕か死んだら。
「……助けて」
僕は、声を振り絞った。振り絞って――言った。
[助けて……忍]
瞬間、だった。僕の影から―― 一人の少女が飛び出した。
金髪。ヘルメットにゴーグル。
小さな体躯で――
しかし、ブラック羽川の僕に対するハグを、瞬間だけで、引き剥がした。
続けて一息にブラック羽川の身体を吹っ飛ばす。
吹っ飛ばされた猫は、身体を回転させることもできず、
そのまま道を挟んだ反対側の街灯にぶつかった。
その街灯がひん曲がるほど――とまではいかなかったが、大きく揺れるほどの、衝撃だった。
そして着地する。影から飛び出した忍野忍は――
金髪を思いのままに振り乱しながら、着地する。
忍。こいつ……そんなところにいたのか?
しかし、確かに、考えてみれば――それくらいしか、もう隠れ場所はないのだった。
これだけの時間、この町を探して、目撃証言さえも得られないなんてことが
あるわけがない――障り猫の嗅覚でさえ、
まるでまるっきり追尾できないということがあるわけかない。
小説 化物語(下) 392ページ~393ページ
しかし、それにしても、今回は疲れた……限界近くまで、
エナジードレイン、されちまったからな……吸血鬼もどきのこの身体でも、
体力か回復するまで、相当の時間を要しそうだ。
これでは僕も、明日の朝までここから動けそうにないな………
やれやれ、手伝ってくれたみんなに。お礼を言わなくちやならないっていうのに……。
まあいいか。
こうして羽川のパジャマ姿も、拝めたことだし。
北風と太陽でいうなら、どっちかというと北風の方だったけれど……
街灯の下、スポットライトでも浴びているかのように照らされる、
黒髪の、寝息を立てている羽川のパジャマ姿はこれ以上なくいい眺めだった。
半減を取り消したけれど、そこから更に喜びも倍増って感じかな。
本日の労力の代価としては、至福と言ってもいい。
まあ、こうして道端で、羽川を見ながら、羽川と共に夜を明かすのも悪くはない……。
星空は。こんなにも、綺麗なのだから。
「う、ううん」と。
羽川が声を立てた。寝言らしい。
「阿良々木くん……」
あるいは――それは寝言というよりは、意識が朦朧として、言葉がただ漏れているだけなのかもしれない。
障り猫の存在だけが忍によって吸い取られて、だから、
ブラック羽川と羽川の意識かまだ整理整頓しきれず、
両者が混在した状態に、今の羽川はあるのかもしれない。
だから、寝言ではなく――本音だ。
羽川翼の飾り気ない本音が、漏れている。
「私との友情よりも私に恩返しをすることの方が
ずっと大事だなんて――そんな寂しいこと、言わないでよ」
「………………」
目を閉じたままで――羽川は呟く。
「阿良々木くん……きちんとしなさい」
そして再び――深い眠りに落ちる彼女。いやはや、寝てるときまで、この女は。
とことん――真面目が堂に入っている。人のことを構っている場合じゃあるまいに。
しかし僕はそれでも、即座に、素直に、条件反射のように、羽川のその言葉に答えた。
三年生になってから、伊達に二ヵ月、羽川に躾けられてきたわけじゃない。
こういうときにどう答えるべきかは、これでもわかっているのだ。
「はい」
小説 化物語(下) 393ページ~394ページ
翌日。いつものように二人の妹、火憐と月火に叩き起こされた。
あれ、と僕は首を捻る――そこで記憶が繋がった。
そうだ、結局僕は、あの後、あの道端で夜を明かすことはなかったのだ。
危うくそうなりかけたのだが(羽川のパジャマ姿を思えば、
『危うく』という言葉はもっと別の、幸運を祝うような言葉と置き換えるべきかもしれないが)、
しばらく時間が経過したところで、神原駿河がものすごいスピードで、
宅急動だか縮地法だかBダッシュだかで駆けてきたのだった。
これが前に聞いた羽川先輩かと神原かときめきかけていたのを死ぬ気で止めてから、
自宅まで彼女を送っていくようにお願いする。家庭の事情か複雑なだけに、
男の僕が送るよりも年下の後輩である神原が送った方が言い訳の弁が立ちやすいだろう――
文化祭の準備を理由にすれば、なんとかなるはずだ。いや……たとえそうでなくとも、
そのときの僕に、羽川を送っていくだけの体力は、まだ戻っていなかった。
だから神原に。電話番号を教えるから、僕には二人の妹を呼んでくれと頼んだ。
続けて千石を探してくれるようにも言ったが、ちょっと前に会って、
もう遅いからと、既に家に帰らしたとのことだった。この後輩もこの後輩で随分と如才ない。
囗説いていないだろうなと訊くと、神原は照れくさそうに笑った――
いやお前、そこでその笑みは違うから。
そして、月曜日に神原と千石にそうされたように、妹に両脇から抱えられながら自宅に帰り、
僕は眠ったのだった――兄ちゃん最近非行が過ぎるよと、上の妹から叱責を受けた。
返す言葉もなかった。しかし。その台詞。お前らにだけは言われたくはないと思うのだが……。
小説 化物語(下) 395ページ~396ページ
教室で羽川と会った。
「あ。遅かったね」
「寄り道してたもんでな」
「元気?」
「超元気」
「おはよう」
「おはよう」
そんなところだ。
羽川の羽川としての意識から、どのくらいまでの記憶が失われ、
逆にどのくらいまでの記憶か残っているのかを、僕はまだ知らない。
いつかは訊かなくてはならないことだが、それは今ではないだろう。
羽川にも、心の整理整頓をする時間が、必要なはずである。
小説 化物語(下) 396ページ
「お帰りなさい」
「ただいま」
「今度のデートは」
戦場ヶ原は唐突にそう言った。
相変わらずの平坦な無表情のままで。
「阿良々木くんがプランニングしなさい」
「変なところに連れて行ったら皮を剥ぐわよ」
「……了解」
望むところだ。
戦場ヶ原に、今度は僕の宝物を見せてやろう。
いつか、蟹も――食べに行かなくちや。
そして放課後は、その文化祭の準備-高校生活最後の文化祭。
本番はもう目前、準備に費やせるのは今日が最後。
当然、戦場ヶ原もこの日ばかりはサボることなく、作業に邁進した。
昨日はみんな、とんでもなく深い時間まで学校に残っていたそうだが、
さすがに委員長の羽川がいると作業効率がまるで違う、
規定の下校時刻寸前には、クラスメイトは全員解放された。
小説 化物語(下) 396ページ~397ページ
それから僕は、戦場ヶ原と羽川、それから、
待ってもらっていた神原を連れて、再度学習塾跡へと向かった。
自転車が僕一人だったので、僕は自転車を押しながら、みんなで徒歩ということになった。
学習塾跡に忍野はいなかった。またしても。
おかしい、と言ったのは戦場ヶ原だった。あの見透かしたような男が、
阿良々木くんが訪問するときに二度も続けて留守だなんて――と。
そう言えば、おかしいと言うなら、誘っておいてなんだが、戦場ヶ原がこうして、
忍野に会いに行くのに一緒についてきたことも、おかしかった。
戦場ヶ原は誰よりも忍野のことが嫌いなはずなのに。
あるいは既に、その予感が、戦場ヶ原にはあったのかもしれない。
僕から話を聞いた段階で、戦場ヶ原には全てわかっていたのかもしれない。
四人で手分けして学習塾中を隈なく探しても、忍野はいなかった。
しかし、よく見れば、よくよく見れば、ビルディングの中からは幾つか
物が減っているように思われた――減っていたのは忍野の私物ばかりだ。
もう明らかだった。忍野メメはいなくなった。手紙一つ残さず――この町を去ったのだった。
今ならわか――る昨日、羽川を自転車に乗せてここを訪れた際、
忍野が屋外に出ていたのは、あれは忍を探していたからじゃない。
あのとき、忍野は撤収作業の最中だったのだ。
この場所に張ってあったという、結界を解いていたのだろう。
あのとき。僕は、待たれていなかった。
山の上のあの廃神社――あの件を片付けた段階で、
きっと忍野のこの町に関する興味は、おおよそ途絶えていたのだ。
大きな目的の一つ――と言っていたが、それはまた、忍野にとって、
最後の目的の一つ――でもあったのだ。
蒐集も調査も、いつかは終わる――いつかは僕も、この町を出て行く――
それが、今だったというだけだ。
小説 化物語(下) 398ページ~399ページ
あいつは、僕が忍を探しに飛び出したときに、
僕に対して何らかの何かを確信して――
障り猫を見逃がした後、荷物をまとめて、ここを後にしたのだろう。
忍のことも羽川のことも、僕か一人で何とかできると――そう確信して。
あのアロハ野郎。粋な真似をしやがる。
格好いいなんて思わないぞ。
もう既に一日が経過している、忍野は今頃は別の町に流れ着いて、
別の町で蒐集と調査に勤しんでいるのだろう――
案外通りすがりに、怪異に襲われている誰かを、助けているかもしれない。
そう。きっと、助けているだろう。
「全く、あれだよな」
僕は言った。
「そうね、あれだわ」
戦場ヶ原も言った。
「あれだよね、実際」
羽川も続ける。
「うん、あの人は、あれに違いない」
神原も同意した。
そして全員が、声を揃えて異口同音。
「お人よし」
忍野メメ――
軽薄で、皮肉屋で、悪趣味で、意地悪で、不遜で、お調子者で、性悪で、
不真面目で、小芝居好きで、気まぐれで、わかままで、嘘つきで、不正直で――
どこまでも優しくて、いい人だった。
小説 化物語(下) 399ページ
かくして、僕達は、それぞれの家に帰る。
まず最初に神原か離脱し、それから羽川と別れ、
最後に、僕が戦場ヶ原を家まで送った。
戦場ヶ原は初めて、つまりようやく、僕に手料理を振舞ってくれた。
その味、その腕については、うん、まあ、伏せておくのが花だった。
これからも僕は怪異に遭うだろう。
なかったことにはできないし、忘れることもない。
でも――大丈夫だ。
僕は知っている。
この世に闇があり、そこに住む者かいることを。
たとえば僕の影の中にも、住んでいる。
金髪の子供が、とても居心地良さそうに。
家に帰った頃にはもういい時間だったので、
僕はご飯を食べて風呂に入り、さっさと眠ることにした。
きっと明日もいつものように、二人の妹が僕を起こしてくれるだろう。
明日はいよいよ文化祭だった。
僕達のクラスの出し物は、お化け屋敷。
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