猫物語(白) アニメ 1話と原作の比較

アニメ「猫物語(白)」の各シーンが原作(小説)ではどう書かれているかを紹介しています。

 
アニメ 猫物語(白) 1話




小説 猫物語(白) 1ページ~13ページ

羽川翼という私の物語を、しかし私は語ることができない。
というのも、私にとって私とは、どこまでが私なのかをまずもって定義できないからだ。
ふと伸ばした足の爪先までが自分であるとはとても思えないと記した文豪がいたはずだが、
私だったら足を伸ばすまでもない、心そのものが、自分のものであるかどうかが疑わしい。
私は私なのか?私とは何なのか?私とは誰なのか?
誰とは――私で。何が――私なのか。
たとえばこんな風に益体もないことをつらつらと考えている思考は、
果たして私と言えるだろうか?
言えるのかもしれない、言うだけなら。
だけれどこれはただの思いであり、考えであり、
ひょっとすると記憶かもしれないけど、言うならば知識の積み重ねでしかない。
経験こそが私と言うなら、ならば私とまったく同じ経験をした人間は、
ひょっとすると私だと言ってしまってよいのだろうか。
だったら私らしくない私は、私ではなくなってしまうのか――どう考え、どう思う?
そもそも羽川翼という名前が既に不安定だ。
私は幾度か苗字が変わっている。
だから名前にアイデンティティを求められないのである、少しも、まったく。
名前なんてただの記号だという発想を、かなり根深い意味で私は理解してしまっている、
言うならば体感レベルで。

阿良々木くんが大袈裟に、さながら歴史上の聖人や聖母のように語る私が、
ただひとりの人間であることを知ってもらうための物語だ。
私が猫であり、虎であることを。
そして人であることを知ってもらうための、
軒並みがっかりしてもらうための、裏切りの物語。
阿良々木くんのように上手にお話できるとは思わないけれど、
まずは行き当たりばったり、頑張ってみようと思う。
きっと誰しも、そんな風に自身の人生を語るのだろうから。
さあ。
悪夢から目覚める時がやってきた。


小説 猫物語(白) 18ページ~19ページ

私の家、とは、心の中ではあまり言いたくない羽川家のキッチンには、
調理器具がとにかく多い。まな板は三枚あり、包丁も三本ある。
ミルクパンもフライパンも、三個ずつ。とにかく何でも三つある。
それが何を意味するかと言えば、そう、この家に住んでいる三人が、
それぞれ別の調理器具を使用しているということなのである。
これも話して、友達を失ったエピソード。
お風呂のお湯は一人入るごとに流して新しく張り直すとか、洗濯も個別に行うとか、
その手のエピソードは枚挙に遑がないのだけれど、しかし不思議なものだ。
私のほうはそれをまったく不自然だとは思っていないし、それで何人友達を失ってしまっても
――だったら羽川家も他の家と同じようにするべきだとは、ちっとも思えないのだから。
家を出る時間が大体同じなので、朝食を食べる時間は『たまたま』揃ってしまうけれど、
それは食堂で相席になるのと似たようなもので、会話もないし誰かが、
ついでだから他の二人の分の朝食も作ってしまう、というようなこともない。
自分用の調理器具を選び、家事開始。というほど凝った朝食を作るつもりもない。
一人分炊いたご飯をよそい、味噌汁と卵焼き、お魚、それからサラダを用意して
(食べ過ぎと言われることもあるけれど、私は朝食はがっつり食べるタイプだ)、
三回にわけてテーブルに運ぶ。最後にもう一回、お茶を滝れて往復。
誰かが手伝ってくれれば四往復半もしなくていいのだけれど、
もちろん、手伝ってくれるような人間はこの家にはいない。ルンバもそこまで手伝ってはくれない。
阿良々木くんが手伝ってくれたらいいのにな、なんて思いながらテーブルにつく私。
「いただきます」手を合わせてそう言って、私は箸を取る。
他の二人がそう言っているのは聞いたことがないけれど、
「おはよう」や「おやすみ」を言ったことはなくとも、
私は「いただきます」と「ごちそうさま」は欠かしたことがない。
特に春休み以来は、一度も欠かしたことがない。
だってそれは私の血肉になってくれる、食材となる前は生き物だった、
動物や植物に対する言葉なのだから。
こんな私のために殺された生命。ありがたくいただきます。


小説 猫物語(白) 20ページ~21ページ

「これはこれは。羽川さんではありませんか」
少女――八九寺真宵ちゃんは、そんな風に振り向いて、
とてとてと私のほうに愛くるしく駆け寄ってきた。
その一挙一動が可愛すぎる。その可愛さが阿良々木くんを狂わせてしまうことを、
彼女はどこまで自覚しているのだろうか。
「今日から学校のようですね、羽川さん」
「うん。そうなんだ」
「学業に勤しむというのも並々ならぬ重労働ですよねえ。
かく言うわたしも小学生の身ではありますが数々の艱難辛苦を
乗り込えつつの日々に身をやつしております。
夏休みも大量の宿題にこの身を圧し潰されそうになりながらの、
戦いの記録だったと言ってよいでしょう」
[へえ……]
この子やっぱり阿良々木くん以外の人間と喋るときは全然噛まないなあ、
とか、そんなことを思いながら、私は応対する。
「真宵ちゃんは何してるの?」
「阿良々木さんを探しています」
そう言った。これはこれは。こっちがこれはこれは、だ。
阿良々木くんが真宵ちゃんを探して徘徊するというのならわかるけれど、
真宵ちゃんが阿良々本くんを探しているとは、これは本当に珍しい。
いや、そう言えば前にも似たようなことはあったかな?
あのときは確か、忍ちゃんが行方不明になっていたんだったか――
だとするとひょっとして、またぞろ、そんなことが起こったのだろうか。
表情からそんな私の杞憂を見抜いたようで、真宵ちゃんは、「いえいえ」と言う。
「別に何か大仰なことがあったというわけではないのです。
ただ、ちょっと阿良々木さんの家に忘れ物をしてしまったので、
それを返してもらおうと思いまして」
「忘れ物?」
「ほら」と、真宵ちゃんは私に背中を向ける。
別に何もない、可愛らしい背中だと思ったけれど、
よく考えてみれば何もないことがそもそもおかしい。
真宵ちゃんは、いつでもどこでも、大きなリュックサックを背負っている
というのがチャームポイントなのだ。


小説 猫物語(白) 26ページ

目の前の『それ』が、怪異であってくれと、本気で願っていた。
だって――虎。虎である。私のすぐ目の前を、悠然と虎が歩んでいたのだ。
黄色と黒の縞々。絵に描いたような虎。
真宵ちゃんを見送って、すぐだった――曲がり角を折れたら、
その先に虎がいたのだった。いや、こんな風に文章に起こしてみても、
リアリティゼロ、全然現実味を帯びてこない。
帯びてこないのだから現実ではないのだろう。怪異なのだろう。
と言うより、是が非であっても怪異であってくれないと困る――
その虎と私との距離は、五メートルもない。手を伸ばせばその縞々に触れられそうでもある。
もしもこの虎が怪異でなく現実の虎、
そう、仮に動物園から逃げ出してきた虎だったりしたら、間違いなく私の命はない。
逃げようもない距離である。食される。
いただきますされる。命のバトンを渡してしまう。
ところで高度に発達した科学は魔法と区別がつかないというけれど、
怪異も行き過ぎれば現実と区別がつかない。
この独特の獣臭、重厚なまでの存在感、どれを取ってもすさまじく、
現実味はなくとも現実的ではあったけれど、
リアリティはなくともリアルのかたまりのようでもあったけれど、
大丈夫、親愛なるあのニュースキャスターさんは、
動物園から脱走した虎の話なんてまったくしていなかったはず。
「……■■」虎が――唸った。
漫画に出てくる猛獣のように、わざとらしく『がおー』と吠えてくれたりはしない。


小説 猫物語(白) 27ページ~29ページ

『ふむ。白い』と。虎が喋った。怪異確定。
『白くて――白々しい』
言って(当然、語尾に『がおー』と付けることもなかった)
――あっさりと虎は止めていた四本の足をゆらりと、
のっそりと動かして、私の横を通り過ぎて行った。
虎という生き物を間近で見たことがない私には、
これまで五メートル先にいた対象との遠近感がまったくつかめなかったけれど、
すぐ隣を通られるとき、その胴体が私の頭部よりも高い位置にあることを見せつけられ、
改めてそれが、現実ではありえない巨大さだと思い知った。
振り向くべきではなかっただろう。
通り過ぎてくれるなら、そのまま通り過ぎてもらうべきだ――
向こうが目を逸らしてくれたのだから、尚更こちらから目で追うべきではない。
けれど私は。白い。白くて――白々しい。
私は、その虎が、私に言った言葉に捕らわれてしまい――何も考えず、警戒さえなく。
振り向いてしまった。なんとも愚かしい。
ゴールデンウィークを含む、一学期の教訓がほとんど生きていない。
これでは阿良々木くんのことを何も言えない。
いや、私の場合。阿良々木くんよりはるかに酷い。
「……あ」でも、幸い。と言うべきなのか、どうなのか。
いや、もちろん、明らかに言うべきではないのだろうけれど。
振り向いたところには、何もいなかった――虎はおろか、猫一匹いなかった。
ただの道である。いつも通りの通学路だ。
「……参ったな」
と言ったのは、虎が消えていなくなったからではなく、左手首の時計を見たからだ。
八時半。私はどうやら、生まれて初めて、遅刻というものをしてしまうことになるらしい。


小説 猫物語(白) 29ページ~30ページ

「戦場ヶ原さん、聞いて聞いて。私、今日学校に来る途中に、虎さんと出会っちゃった」
「あらそう。ところで羽川さん、私はその話を詳しく聞く義務があるのかしら?
聞いて聞いてというのは、前置きじゃなくてマジなお願い?」
始業式が終わって、三々五々、皆が教室に帰っていく中、
私は同じクラスの戦場ヶ原さんのところに駆け寄った。
そして今朝の話をする。すると戦場ヶ原さんは、
ちょっと嫌そうな顔をして、露骨に嫌そうな反応を返してくれたわけだ。
もっとも闇雲に拒絶するようなことはなく、
「何?」と先を促してくれる。
彼女は夏休みの間に、腰まで伸ばしていた髪をばっさりと切っていて、
その後すぐに父方の実家に帰ってしまっていたので、阿良々木くんにとってはともかく
、私にとっては髪の短い戦場ヶ原さんというのは目新しい。
元々整った顔立ちをしているので、長くても短くても、
どんな髪型でもあつらえたように似合う感じだが、
一学期の彼女にあった「深窓の令嬢」という雰囲気は、
そのトリミングによって完全に消えてしまっている。
それはクラスメイトの間で密かに物議を醸していたが
(私が紙を切ったときより、それは醸していたのかもしれない)、
私に言わせれば女子高生にとって『深窓の令嬢』という言葉は
悪口に限りなく近いので、いいことだと思うのだ。


小説 猫物語(白) 30ページ31ページ

「虎を見たって……それは羽川さん、大変な事実じゃないの?」
「そう思うんだけど。あ、でも違うの、
現実の虎さんじゃなくって、多分怪異だと思うの。喋ってたから」
「そんなの一緒でしょう。何も変わらないわ。
現実の虎だって、日本人にしてみれば怪異みたいなものなんだから」
「ああ」それはそうだ。
相変わらず戦場ヶ原さんは、ものの見方が大胆である。
リアリスティックな大胆さ。
「パンダが妖怪って言われたら、私は信じるわ」
「うーん、それはどうだろう」
「キリンなんて、完全に轆轤首じゃない」
「戦場ヶ原さんにとって、動物園ってお化け屋敷なんだね」
かもしれないわ、と頷く戦場ヶ原さん。素直だ。
「しかし羽川さん、予想外のものに遭ったわね、あなた――
というかさすがと言わせてもらいましょう。
虎って。虎って。虎って!なんだかもう、スタイリッシュ過ぎるじやない。
蟹。蝸牛。猿。火憐さんは、確か蜂だっけ?
そういう並びで来たところに、虎って。
みんながそれぞれ突出しないように気を遣って並んでゴールする徒競走のように、
仲良くフラットにこれまでやってきたところに、空気を読まないにも程があるわ。
下手すれば阿良々木くんの鬼よりも格好いいじやない」
「そういうものの見方も、戦場ヶ原さん独白のものだよね……」
「何かされたの?」
「いえ、何もされてない――とは思うんだけれど。
ただ、こういうのって、自分じゃわかりにくいものだから。
だから訊いてみたかったの。今の私、どこかおかしいところ、ない?」
「ふうむ。確かに欠席ならともかく、遅刻というのは羽川さんらしくなかったわね。
でも、そういうことじゃないのよね?」
「うん」
「失礼」


小説 猫物語(白) 33ページ~34ページ

「でも阿良々木くん、今日はお休みみたいだし」
「え?」きょとんと首を傾げる戦場ヶ原さん。
「始業式の列の中にいなかったっけ、彼――いないことに気付かれないとは、
いることに気付かれない以上の存在感のなさね」
うふふ、と笑う彼女。ぞくっとする。
たまに滲む、阿良々木くんが言うところの『毒舌時代』の彼女の残滓である。
もっとも夏休みの間にその辺りの毒はすっかり抜けて、今の言い草にしても、
明らかに冗談とわかるそれだったけれど。人間は変われる。彼女はそんな実例と言ってよかった。
「まあ、出席日数のほうは、もうあまり考えなくてよくなったと
言うけれど、私の愛しのダーリンはどうしたのかしら」
「ダーリン言うな」変わり過ぎだ。さすがにキャラが繋がらない。
「そう言えば今朝、虎さんと出会う前に真宵ちやんにも会ったんだけど、
あの子の話から推測すると、やっぱり何かしているっぽいわ――」
「何か、ね」やれやれと言うように、首を振る戦場ヶ原さん。
ややオーバーなリアクションだけれど、それでもまあ的確な、呆れの表現である。
「例によって例の如く、かしら」
「かもね。目の前のことしか見えない男だから」
「電話してみた?それか、メールとか」
「うーん、憚られて」
確実に活動中である彼を、煩わせたくないという気持ちが強い。
学校に来て、阿良々木くんがいたならば、そりゃあいの一番に相談していただろうけれど、
電話をかけたり、メールを作成してまで、と思ってしまう。
遠慮と言うより、これはむしろ彼の身を案じてという感じだ。
「そう」と頷く戦場ヶ原さん。
「羽川さん。あなたはもう少し図々しくなっていいと思うけれど」
「図々しく?」
「図太く、かしら。あの男はあなたから頼られることを、
どんな状況でも迷惑だなんて思わないわよ。それくらいわかってるでしょう?」
「うーん、どうかな」戦場ヶ原さんの言葉に、私は戸惑ってしまう。
「あんまり、わかってないかも」
「それとも私に対する気遣い?」
「まさか。それはない」
「ならいいんだけれど」


小説 猫物語(白) 38ページ~39ページ

どうしたのだろう。何か見えるのだろうか。
「あ」
と、私の隣で戦場ヶ原さんが呟く。
彼女は私よりも随分背が高いので、先に『それ』に気がついたのだった――
厳密に言えば、みんなが何かを見ているらしいと知った時点で、
彼女は靴を脱いで、その辺の椅子の上に立っていた。
この辺り、見た目とは裏腹に意外と活発な彼女である。
私はそんな度胸はなかったので、普通に寄っていって、
皆の隙間を縫うようにして、窓の外を眺めてみる。みんなが何を見ているのか、すぐにわかった。
「……火事だ」
私は思わず、呆然となって。
家の外では――滅多に言わないはずの独り言を、言ってしまった。
遠く離れた、ここからでは豆粒のようにしか見えない位置で、
しかしここまで音が届かんばかりの勢いで、轟々と燃え盛る火を見て。
言ってしまった。
「私の家が火事だ」
あの家を、私の家と――言ってしまった。

0 件のコメント:

コメントを投稿