アニメ「化物語」の各シーンが原作(小説)ではどう書かれているかを紹介しています。
アニメ 化物語 3話
小説 化物語(上) 106ページ
「あらあら、これはこれは。公園のベンチの上に
犬の死体か捨てられていると思ったら、なんだ、阿良々木くんじゃないの」
人類史上恐らくは初めての試みになるであろう奇抜な挨拶か聞こえた気がして、
地面から顔をあげると、そこにいたのはクラスメイトの戦場ヶ原ひたぎだった。
当たり前だが、日曜日なので、私服だった。いきなりの犬の死体呼ばわりに
何か言い返してやろうかと思ったが、
その私服姿、それに学校では下ろしているストレートの髪を、
ポニーテイル風に結わえている戦場ヶ原のその新鮮な立ち姿に、
喉元まででかかった言葉を、僕は、思わず、飲み込んでしまった。
うわ……。別に露出が多いわけでもないのに、
妙に胸が強調された上半身のコーディネートーそれに、
普段の制服姿からは考えられないキュロットの丈。
スカートというわけでもないのに、黒いストッキングが、生足よりも艶かしい。
「何よ。ただの挨拶じゃない。冗談よ。
そんな、本気で鼻白んだみたいな顔しないで欲しいわ。阿良々木くん、
ユーモアのセンスが決定的に欠如しているんじゃないの?」
「あ、い、いや……」
「それとも何。うぶな阿良々木くんは、
私のチャーミングな私服姿に見蕩れちゃって至福の瞬間ということ?」
「………………」
表現が駄洒落なのはともかく、図星というか、
確かに概ねそんな感じで正解だったので、うまい突っ込みの言葉も出てこない。
「それにしても、見蕩れるの蕩れるって、すごい言葉よね。
知ってる?草冠に湯って書くのよ。私の中では。
草冠に明るいの、萌えの更に一段階上を行く、
次世代を担うセンシティブな言葉として、期待が集まっているわ。
メイド蕩れー、とか、猫耳蕩れー、とか、そんなこと言っちゃったりして」
小説 化物語(上) 119ページ
同級生の女の子から、何でも言うことを聞いてあげるって言われた……。
図らずもものすごい偉業を達成した気分だった。
………………。
でも絶対、こいつはわかってて言ってるよな。
「本当になんでもいいわよ。どんな願いでも一つだけ咐えてあげる。
世界征服でも、永遠の命でも、これから地球にやってくるサイヤ人を倒して欲しいでも」
「お前は神龍をも超える力を持っているというのか!?」
「当たり前よ」肯定しやがった。
「あんな肝心なときに役に立たない上に最後には敵に回ってしまうような
裏切り者と一緒にしないで欲しいわ。……でもまあ、確かに、
私としては、もっと個人的なお願いの方が助かるのは事実ね。お手軽だもの」
「だろうな……]
「いきなりこんなことを言われても、阿良々木くん、やっぱり戸惑っちゃうかしら?
だったら、そう、ああいうのでもいいわよ。こういう状況じゃ、
よくあるスタンダードな願いじゃない。ほら、その一つの願いを百個に増やして欲しいとか」
『……え? ありなのか? いいのか? それ?』
こういう状況じゃ、恥知らずだけが口にする、
ものすごくスタンダードなタブーの一つとして、よくある願いじゃないか。
しかも自分から言いやかった。服従宣言じゃん、それ。
「なんでも言って頂戴。出来る限りのことはさせてもらうつもりだから。
一週間語尾に『にゅ』とつけて会話して欲しいとか、
一週間下着を着用せずに授業を受けて欲しいとか、
一週間毎朝裸エプロンで起こしに来て欲しいとか、
一週間浣腸ダイエットに付き合って欲しいとか、
阿良々木くんにも色々好みはあるでしょう」
小説 化物語(上) 125ページ
なんかやだなあ。
妹に通り名がある方が嫌だけれど。
「あいつら、二人とも、母親にべったりでさ――で、母親の方も、
そんな二人を、猫っかわいがりしてるわけよ。で――」
「なるほど」そこまでで得心したと言う風に、
戦場ヶ原は僕の言葉を止める。みなまで言うなとぱかりに、僕の言葉を最後まで待たない。
「出来の悪い長男としては、母の日である今日本日この日、
自分の家には居場所がないというわけね」
「……そういうことだ」出来の悪い長男、というのは、
戦場ヶ原にしてみればいつもの調子の暴言のつもりなのだろうけれど、
残念ながらそれはそのまま誇張されているわけでもなんでもない事実なので、
僕は、肯定することしかできなかった。
居場所がないとまではいかずとも。居心地が悪いのは確かだった。
「それで、こんなところにまでツーリングというわけ。ふうん。
でも、わからないわね。それでどうして妹さんと喧嘩になるのかしら?」
「朝早い内に、家をこっそり抜け出そうとしたんだが、
マウンテンバイクに乗ったところで、妹に捕まったんだ。で、口論」
「口論?」
「妹としては、僕にも一緒に、母の日を祝って欲しかったらしいんだが――
なんていうか、ほら、僕はそんなの、無理だから」
「無理、ねえ。だから、か」戦場ヶ原は意味探長に、そう反復した。
あるいはこう言いたかったのかもしれない。
贅沢な悩み、だと。父子家庭の戦場ヶ原から見れば――そうだろう。
「中学生くらいの女子って、お父さんを嫌うことが多かったりするけれど――
男子は同じように、お毋さんを苦手とするものなのかしら?」
小説 化物語(上) 135ページ
「えっと……」と、戦場ヶ原の方を窺う。
うーん。こいつ、どう考えても。子供が好きってタイプじゃないよな……
転がって来たボールを、平気で反対方向へ
投げてしまいそうなイメージがある。
泣いている子供をうるさいという理由で蹴飛ばしそうだ。
となると、一人で行くのが無難か。
これがあるいは戦場ヶ原ではなく別の奴なら、
子供の警戒心を解くためには、
女子を一緒に連れて行った方がよくはあるのだが。
やむかたなし。
「おい、ちょっとここで待っててくれるか?」
「いいけれど、阿良々木くん、どこかへ行くの?」
「小学生に話しかけてくる」
「やめておきなさい。傷つくだけよ」
「………………」
本当、酷いことを平気で言うよなあ、こいつは。
いいや、後で話し合おう。今は、あの子だ。
八九寺真宵。
僕はベンチから立って、広場を挟んだ向こう側
――案内図の看板の位置、そのリュックサックの女の子の位置まで、
小走りに近付いていく。
女の子はどうやら地図とメモとの照らし合わせに必死らしく、
後ろから寄っていく僕に気付きもしない。
一歩分、距離を置いた場所から、声をかける。
できるだけ、フレンドリーに、気さくな風に。
「よっ。どうした、道にでも迷ったのか?」
女の子は振り向いた。ツインテイルの、前髪の短い、眉を出した髪型。
利発そうな顔立ちの女の子だった。女の子――
八九寺真宵は、まずじっと僕を、吟味するように見て、それから囗を開いた。
「話しかけないでください。あなたのことが嫌いです」
「………………」
小説 化物語(上) 142ページ
頭に肘鉄を入れられた、そちら側の腕を――感覚的に、
左――いや、裏返っているから、右腕か、右腕をつかんで、
その位置から、再度、やり直しの一本背負い――!
今度は――決まった。
八九寺は背中から地面に、叩きつけられた。
反撃に備えて距離を取るが――
起き上かってくる様子はない。僕の勝ちだった。
「全く、馬鹿な奴め――
小学生が高校生に勝てるとでも思ったか!ふははははははははは!」
小学生女子を相手に本気で喧嘩をして、本気の一本背負いを決めた末に、
本気で勝ち誇っている男子高校生の姿が、そこにはあった。
ていうか僕だった。
阿良々木暦は、小学生女子をいじめで高笑いをするようなキャラだったのか
……自分に自分でドン引きだった。
「……阿良々木くん」冷めた声をかけられた。
振り向くと、そこには戦場ヶ原がいた。見ていられなくなって、寄ってきたらしい。
とても怪訝そうな顔をしていた。
「地獄まで付き合うとは言ったけれど、それは阿良々木くんの小ささにであって、
痛さとか、そういうのはまるっきり別だから、そこのところを勘違いしないでね」
「……言い訳をさせてください」
「どうぞ」
「……………………」
言い訳なんかなかった。どこを探しても出てこない。
というわけで、仕切りなおす。
「まあ、過去のことはとりあえず置いておいてだな、こいつ――」
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